日本を代表するICT(情報通信技術)企業として、90年以上の歴史を持つ富士通株式会社。通信機器の製造からスタートし、現在ではITサービスやデジタルソリューションをグローバルに展開する総合テクノロジーカンパニーです。世界各地に拠点を構え、社会や企業のデジタル変革を支えるさまざまなサービスを提供しています。
同社は「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にする」というパーパスを掲げ、サステナビリティを経営の中核に据えています。サプライチェーン全体での人権・環境・多様性の課題解決を重視し、2025年度からEcoVadisの評価を活用。持続可能な調達体制の強化を進めています。
本記事では、2025年10月31日に開催されたEcoVadis World Tour Japan 2025に登壇した、グローバルサプライチェーン本部 シニアマネージャー 安島あい氏の講演をもとに、同社が推進するサステナブル経営や、リスクマネジメントの最前線をご紹介します。
富士通が描く「ネットポジティブ」な未来
富士通株式会社では、2030年に向け、「デジタルサービスによってネットポジティブを実現するテクノロジーカンパニーになる」というビジョンを掲げています。ネットポジティブとは、企業活動が社会や環境に与えるマイナスの影響を抑えるだけでなく、プラスに転じようとするアプローチのことです。
ビジョンを実現するため、同社では「地球環境問題の解決」「デジタル社会の発展」「人々のウェルビーイングの向上」というマテリアリティを定め、業種や業界を超えたビジネスモデルの創出、人の創造性を活かしたイノベーション推進を目指しています。
一般的に、サステナビリティへの対応には、時間や費用などの「コスト」がかかると言われます。同社では、顧客に提供するサステナビリティ推進のためのソリューションを社内でも活用し、サービスの改善につなげ、サステナビリティを事業に結びつける循環を生み出すことにも挑戦しています。
また、「サプライチェーンの変革は、サステナビリティ経営の理念を実現する上で、非常に重要だと考えています」と安島氏は強調します。そのための体制強化として、2024年にはサプライチェーン全体を統括するCSSO(最高サステナビリティ&サプライチェーン責任者)を新設。「人権」「環境」「多様性」という3つの観点から、グローバルレベルでの責任ある調達体制構築に取り組んでいます。
加えてもう一点、ビジョンを実現する上で同社が重視しているのが、「データドリブン」の視点です。データを活用して課題を可視化し、的確な経営判断や組織運営に活かすため、社内システムや業務プロセスの標準化を進めています。
社会情勢の複雑化とともに、高まるリスクマネジメントの難易度
グローバルに事業を展開する企業にとって、サプライチェーンにおける人権リスクのマネジメントは喫緊の課題となっています。欧州を中心に人権デューデリジェンス法義務化が進み、違反時には罰則を伴うケースも見られます。日本でも大手企業に対しては人的資本の情報開示が上場企業に義務化され、人権尊重の取り組みを求めるガイドラインが整備されて、調達部門には従来以上に高い説明責任が求められるようになりました。法令の強化だけでなく、リスクの多様化や人材の流動化に伴い、サプライチェーンを取り巻く状況はますます複雑になっています。
富士通ではこれまで、グループ独自のサステナブル調達方針に基づき、取引先に対して書面での調査や改善依頼を行ってきました。ビジネスの成長とともに、対象企業数やリスクの範囲も年々拡大。「ビジネスセグメントや事業内容に合わせた調査票の作成や、回答の確認、各社へのフィードバックまで、一連のプロセスに膨大な工数が発生していました」と安島氏は振り返ります。調査にかかる労力が大きいため、本来であれば重視したい、調査後のリスク低減のための改善支援や効果的な運用の見直しに、十分な時間を割くことが難しい状況でした。
EcoVadis導入により、サプライチェーン全体の課題を可視化
国や地域、業界や企業規模によって異なる法令や文化に対応しながら、一定の基準で取引先を評価し続けることは、容易ではありません。そこで富士通では、サプライヤーの持続可能性をより客観的に把握できる体制構築を目指し、2025年度から、国際的に信頼性の高いEcoVadisの評価システムを活用することを決めました。
EcoVadisでは、「環境」「労働と人権」「倫理」「持続可能な調達」の4分野について、
国際基準に基づいた設問と評価基準を設けています。取引先がエビデンスとともに提出した
回答内容を基にスコアが算出され、共通の枠組みでサステナビリティの取り組み状況を
把握できる仕組みです。EcoVadisの評価システムを活用することで評価プロセスが効率化され、従来は評価自体に多くの時間がかかり、是正措置などのリスク低減のための改善に十分なリソースを割けなかったという課題を解消。調査プロセスの標準化やサプライヤー側の対応効率化にとどまらず、調査後の改善支援に注力できる体制が整いました。
また、すでにEcoVadisのスコアカードを保有しているサプライヤーにそのスコアを共有してもらう仕組みを活用することで、従来のSAQ(サプライヤー評価アンケート)への回答を依頼する必要がなくなり、金額基準以外のサプライヤーへも調査対象を広げることができました。
富士通でも、EcoVadisの評価システムを導入したことで、これまで調査にかけていた時間が大幅に削減されました。また、すでにEcoVadisのスコアカードを保有している企業に対しては、スコアを共有してもらうことで現状を把握でき、調査の範囲が広がったといいます。
取引先に調査の重要性を伝えながら対象を広げた結果、「これまで把握しきれなかったサプライチェーンリスクの全体像が明確になりつつあります」と安島氏は語ります。例えば、ビジネスのポートフォリオ変革の中でなかなか手を広げる事の出来なかったサプライヤーのアプローチもおこない、優先的にフォローすべき領域が具体的に見えてきました。また、EcoVadisの活用により調査プロセスの負荷が軽減されたことで、調査後の監査やフォローアップ、データの活用などにも取り組める体制が整えることが可能となりました。今後は、こうした「調査後の改善プロセス」により一層注力していく方針です。
調査結果を活かし、先読みのリスクマネジメントを目指す
EcoVadisの活用により、サプライチェーン全体のリスクを客観的に把握できるようになった富士通は、次のステップとして「データを活用した先読みのリスクマネジメント」を目指しています。
「インシデントが起こってから『リアクション』をするのではなく、平時からリスクを把握し、先手を打って『アクション』を起こすことが重要だと考えています」という安島氏。調査結果を活用することで、サプライヤーへの働きかけや対策の要請、ビジネスインパクトのシミュレーションなど、さまざまなアクションにつなげられると言います。
同社では、サプライチェーンを取り巻くさまざまなリスクに対応するため、社内でThird Party Risk Management(TPRM)プラットフォームの構築も進めています。TPRMとは、EcoVadisのスコアを含む外部のリスク情報と、販売・生産・調達に関連するデータを統合し、早期のリスク検知やアクションへとつなげるソリューションです。
また、自然災害や地政学的リスク、財務リスク、サイバーセキュリティやコンプライアンスなどそれぞれのリスクについてアラートの閾値を設定。「取引先企業」「調達カテゴリ」「ビジネスセグメント」など、複数の観点から可視化し、リスクの低減につなげる仕組みづくりも進めています。
サプライヤーとともに築く、持続可能な未来
富士通が目指すのは、サプライヤーとともに成長し、持続可能な社会の実現に貢献することです。そのためには、組織や業界、国境の壁を越えてサプライチェーン全体の連携を深め、より広い視点からサステナビリティを推進することが欠かせません。
同社では、EcoVadisの調査を通じて得られたデータを活用することで、サプライヤーの強みや改善するべき点を客観的に把握できるようになりました。評価結果を対話のきっかけとし、課題の共有や改善支援を通じて信頼関係を深め、持続可能なサプライチェーンを「共創」するための取り組みを進めています。
講演の最後に安島氏は、「当社にとってEcoVadisは、単なる調査ツールではありません。サプライチェーン全体の可視化のエコシステムのひとつにEcoVadisを位置づけ、他のリスクも合わせ総合的に、俯瞰的に全体を見ていくことでサステナブルなサプライチェーン、そしてサステナビリティ経営をドライブしていきたいと考えています」と締めくくりました。









